日本の伝統工芸・漆器 うるし工房 錦壽(山岸厚夫)
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山岸厚夫
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     本当にいいものだからこそ日常レベルで使ってほしい!

        ― 伝統の漆(うるし)に風通しをよくするための情熱を注ぐ山岸厚夫氏ー


                                          by 佐久原 彩



 <うるし>という言葉がこれまで人々に与えてきたイメージといえば、その工芸品としての価値には充分敬意を払いつつも、現実的には、扱いがとにかく大変そう、高価、めったに使えるものではないなどと、敬遠する向きのものが多かったはずだ。私もまさにそんな中の一人。はっきりいって<うるし>と自分との間に接点があるとは露ほども思えなかった。山岸氏の講演をきくまでは。

 何でも訊いて下さい。今日はどんなことでもお答えしますから、と気さくな感じで話をスタートされた山岸氏は、うるしの木の生命力の強さ(少なくとも育てようとする気がある限り絶滅とかの危機はないらしい)、うるしを木からとる職人さんたちの減少(昔は200人、今
20人)、安い中国産のうるしに押され気味の日本のうるし業界のことなど、話を進めていく。ウーン、やっぱり他の日本伝統工芸と同じように、この<うるし>の世界も大変そうだ。

 それにしても<うるし>の話をしている山岸氏の目はキラキラと輝き、なんとも楽しそう。人はほんとうに自分が好きなもののことを話すとき、こういう表情になっているというような、そんな顔だ。話のほうも、いつの間にか、先細りのうるしという流れとはちがってきていた。

 ある日のこと、ちょっと上から間違って落としてしまったうるしの器がへこむのを見て、山岸氏は考えたそうだ。(りんごが落ちるのを見て考えた人も、昔いましたが・・・)こんな30センチそこそこのところから落としたぐらいでへこむのでは、使ってる人たちはたまらないだろう。何とかもっと丈夫なうるしの器にできないものか、と。そこで欠けない器にするための研究がはじまり、木にうるしを初めに染み込ませることで器を強くすることを発見したのだそう。もっとも、後日この方法は昔の本にしっかり書かれていたことを知ったということだが、書いてあったとしても、この方法は原価がかかるため省かれることが多い工程とか。もちろん山岸氏の作るものはここをきちんと抑えることはもちろん、キズ対策として独特の、サンドペーパーを使ってからうるしを塗りこむ方法など次々と開発していった。そして氏の目指す、フツー食器と同じ扱いで、毎日使えるうるしの器を完成させていった。

 というのも、山岸氏にとって、うるしの器は毎日気軽に使えるものでなくては意味がない。年に一度恐る恐るとりだして使うのでは、うるしの未来はないのだ。しかし、毎日の食器の一部としてうるしを使うなどという発想は、どう考えてもこれまでのうるしのイメージからは程遠いこと。そこで氏は自費で日本全国を廻っては、ギャラリーなどで実際の器を見てもらい、使ってもらい、アフターケアーをきちんとすることで徐々に信用をつけていった。「使ってみたらほんとうに良かった」、といわれる実績を積み上げていく、草の根的な販売方法。いきなりの大量販売は無理でも、一番着実にリピーターを増やしていくこの販売方法の延長上に、今回のニューヨークでの講演会もあった。おかげでまったく縁がないと思っていた私までが、なんとニューヨークで<うるし>にめぐり会うことができたのだ!

 コンピューターをはじめとするさまざまな電気機器に囲まれた現代生活。そんな時代だからこそ、なおさら自然から生まれたものを毎日の生活に取りいれて暮らすことの大切さははかりしれない、という山岸氏。手に触れたときになんともいえない温かみを伝えてくれ、奥行ある深い色合いが目を心地よく癒してくれる。毎日使うご飯茶碗が、お味噌汁のお椀が、そんなひと時を与えてくれるっていうのは、ウーン、究極の贅沢というのかも。お値段はやはりそれなりに高いとはいえ、何十年も持つ<うるし>ということであれば、簡単な割り算でも、決して高くはないという答えも出てくるような。「急いで全部そろえようとしなくてもいいんですよ」、という山岸氏のお言葉もあるし、そうか、少しずつそろえる楽しみっていうのも、それはそれでいいものかも、と思えたり。

 こうした視覚や触覚に素晴らしい作用を及ぼすほかに、うるしの効用には、抗菌作用によって中のご飯にカビがはえない、うるしぬりの柱には虫が喰わないなどのほか、これから明らかにされるであろう科学的、医学的に期待される効用がまだまだあるとのこと。

 うるしの木自体は生命力が強いので、あとは需要が高まりさえすれば、これからのうるし業界の回復も多いに期待ができるのだそうだ。山岸氏のうるしの真の姿を伝える活動が、これからも需要拡大に貢献することは間違いないだろう。初めて聞いたうるしの話で、ぐんぐんうるしに惹かれていったのはどうやら私だけではなさそうで、他の出席された方たちもそうとう興奮されていたことからも、それは充分予想がつく。

ということで、充分お気をつけ下さい。山岸氏の<うるし>に対する情熱は伝染すると、もっぱらの噂ですから。



有限会社 錦壽
(ゆうげんがいしゃ きんじゅ)


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