手仕事に、ぞっこん
田中敦子 選・文
漆器の常識を覆す、発想が生んだ強さ
英語でシャパンといえは、漆器のこと。桃山時代には、南蛮漆器なるものが、日本から輸出されていたし、アールデコの時代には、日本の漆職人がヨーロッパに渡って活躍もしていました。なのに、今の幕らしに、どれほど漆器が根付いているでしょうか。手人れが面倒そう、傷つきやすい、はげてくるのではないか、そんな先人観があるようで、どうも、漆器は分が悪い。
「僕もすいぶんそんな声を聞いたんですよ、展示会などでも、扱い方の質問ばかりで。気楽に使ってくれていいんですよ、って言っても納得してもらえなくてね」と、漆器作家の山岸厚夫さん。
はたと気づけば、自分たちの仕事姿そのものがぴりぴりと神経を使っていた。塗りの作業はゴミを嫌うし、刷毛目が出たら、商品にならない。
「つくる側が神経質なんだから、いくらザックバランに使ってくださいって言っても説得力がないんです」
そう思い至ったった山岸さんは、使う側から漆のあるべき姿を探っていきます。
「傷がついて困るなら、最初から傷をつけてしまえばいいし、はなから使い古した感じにすれば、気遣いもいらないですよね。そこからスタートして、丈人な漆器の研究を始めたんです」
まずトライしたのは、木固めという作業
「古い文献を調べたら、木地に漆を吸い込ませる木固めをしているんです。これをすることで、木地は丈夫になり、漆のくいつきもよくなるんですね。その分、漆の量も多くなるんですが、丈夫さにはかえられません」
日々気楽に使える堅牢な漆の皿
山岸厚夫 作
また、本来下地はへらで塗るのですが、これを刷毛にしてみると…。
「刷毛で塗り重ねると、とにかく漆がしっかり丈夫になり、傷がつきにくくなるんです。手の味も出ますし」
漆のことを知りたいと、白分で漆掻きをしたこともある山岸さん。とにかく、研究する時は、徹底的にしなければ気がすまない人で、骨董店や博物館にも足しげく通いました。
「古いものには、刷毛日やごみがついてます。なんで今はダメなのかねえ。それが使いにくくしているのに」
そんなこんなの努力の賜物が、写真のカレー皿を始めとする、"ジーパン感覚の漆器"です。このお皿、金属のスプーンを使って食べてもびくともしません。普通のお皿のようにざぶざぶ洗って、拭けばおしまい。
普段使いの漆器はこうあるべき、と思わせる丈夫さです。ぜひ一度、使ってみてください。漆のイメージ、きっと変わります。
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表面は艶やかさも残しつつ、木肌のように乾いた漆肌で、木地がしっかり漆を吸い込んでいることが、素人目にもわかる。
根来塗(朱)と曙塗(黒)のカレー皿
(7寸盛り皿)
各¥12,600
問合せ先/錦壽
電話0778-65-3001
www.urushi.com
デザイン/木村デザイン事務所
撮影/阿部浩
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やまぎしあつお
1951年、福井県鯖江市生まれ。河和田漆器製造元の5代目。‘85年より気軽に買える価格で質の良い漆器の提案を始める。生家である古民家を利用して、「うるし工房 錦壽」を主宰。個展多数。
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右より
●乾漆の作業をする山岸さん。その仕事振りには、神経質なところが一切なく、けれど、丈夫な漆器になるだろうことがわかる。「きちんとした仕事もしてきたから、できるんですよ」と山岸さん。
●磨きの作業。「根来に仕上げるのも、丈夫さのためで、加飾のためではないんです」
●「うるし工房 錦壽」のある、古民家。築100年以上の、頑丈な造り。
●山岸さんの工房の庭に生えていた漆の木。「以前、庭にも植えて、漆を採っていたんです。国産漆のことを知り、中国漆の中にも上質のものがあることも分かり、商品によって、使い分けるようになりました」
下/日常使いにいい山岸さんの漆器いろいろ。
最初の一歩の漆器こそ大切だと思う
河和川漆器の始まりは、漆掻きからだといいます。
「近くの武生で漆掻きの刃物をつくっていたことから、全国を渡り歩く漆掻きが多くいた土地柄なんです」
やがて、この土地で漆器づくりが始まりました。今は越前漆器という名称のほうが通りがいいようで、業務用の漆器づくりを中心としています。
輪島や会津のような知名度や華やかさはないけれど、私たちが日ごろ手にしている、料理屋さんの漆器類の多くは、この土地で産しているものなのです。
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